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阪急電鉄の車両に残念ながら「優先座席」が復活した。 阪急電鉄は1999年から、「優先座席」を止め、「全席が優先座席」・・・と乗客に訴え8年が経過したが、「優先」の表示がないと席を譲ってくれない現実に理念が屈してしまったからだ。 お年寄りや障害者、妊婦らに席を譲るのは、優先座席に限った話ではない。 阪急電鉄は、そんな考えで前例のない取り組みに踏み切った。 ・・・これはデオッちも共感した・・・「優先座席の疑問」 しかし今年4月、「全席優先」の考えを改め、車両の一部を「優先座席」とする方式に戻した。 やむを得ないとは思うが、現実に屈した無念さを感じる。 善意は強制するものでは決してない。そもそも「シルバーシート」が1973年に国鉄の電車(中央特快)に登場し、それから30年以上も過ぎたが、優先座席が社会に定着したとは思えない状況で、マナーはいっこうに良くはなっていないようだ。 そういえば、中央特快のオレンジ色の電車(当時はチョッパ式電車と言って、ブレーキを熱抵抗でなく電気回生させる省エネ電車で加速も可変抵抗でスムーズだった)が、まもなく全てがステンレス車に置き換わって姿が見られなくなる。 それでも電車って30年以上も使えるんだから耐久性能がいいよねぇ・・・ 日本民営鉄道協会が車内での「迷惑行為」を乗客から調査しているが、「座席の座り方」「携帯電話の使用」が常に上位にある。 座席がこうだから、駅のトイレはもっとひどい。 このような車内の光景は社会の縮図でもある。 一人でも多くの人が座れるよう、少しずつ詰めて座る・・・とか、高齢者や障害者や妊婦の体調に気を配り、乳幼児連れの大変さを想う気持ちは、今の日本人には希薄になってしまった。 いつから日本人は、困っている人を見ても見ぬ振りするようになったのか? 「人懐っこく、親切で礼儀正しく勤勉である」と世界から絶賛されたのはどこの国だっのだろう?自分に優しく他人に冷たい人が随分と増えてしまった。 自分達だけが良くても決して幸福になれないことがわかっていながらなお、私権の追求をしてしまう現代日本人・・・。 「楽をして高い給料をもらえる」・・・ことが幸福であると考えて私権を追求するばかりで、人に優しくなることの幸福感など異次元の問題のように、日本人は何かを置き去りにしてきているようだ。 人に対する優しさや、生活のゆとりが社会に乏しくなった表れなのだろうか? こういう人達さえも、暖かく受け入れて癒してあげるのが観光なのか? 一方で、無償で駅のトイレを、一心不乱に清掃してくれる方々がいて、こういう人たちに報える社会を築くことこそ、地域おこしでなくてはならない・・・と思うのだが、現実との狭間で苦悩させられる。 キレイに整備された公園は美しく華やかで感動するが、そこに、草を抜く人の泥だらけの手を想像できない人に真の感動などあってほしくない。 日本人の生活はいつしかキレイなものしか見なくなってしまった。 大人が子どもたちへ範を示さなければ、子どもはそれを見て学ぶ。 いつか、汽車やバスから「優先座席」がなくなり、席を譲り合う、そんな日が来ることを祈ろう。 お願い ランキングに参加中です。Please Push! ←
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